1、私たち人間社会では、いつの時代においても、お釈迦様が申されたように、<生><老><病><死>の苦悩はなくなりません。老いて、病気になり、そして死んで行くという、人間の苦悩は誰にでも訪れます。
ところで、昨今は、ライフ・シフト、人生100年の時代になったと言われております。医療技術の進歩もあり、長生きになり、簡単には死なない時代になりました。65歳で定年を迎えても、その後、更に、35年間の長い人生が待っております。
しかも、仕事をリタイアした後、認知症になったり、介護されるなどの時間が長くなってきました。このため、老いて病気になって死ぬだけでなく、痴呆になり、判断能力が無くなるという苦悩が、加わりました。
<生><老><病><死>から、<生><老><病><痴><死>の時代になったのです。
2、<痴>の時においては、人間としての判断能力が衰えるだけでなく、法律上も判断能力がない意思能力の喪失となり、財産管理能力が認められなくなるのです。 このため、自分の資産の処分・運用・活用はできなくなります。
例えば、高齢者施設に入居するために、自宅を売却して資金を用意しようとしても売却ができませんし、さらに、施設への入居契約もできなくなります。高齢者が、それまでに資産形成した不動産、預貯金、自社株等の資産の有効活用ができなくなります。
このため、将来の相続対策にために進めていた金銭消費貸借契約、建物請負建築契約等の各種契約行為は、ストップします。
3、現在の民法では、<痴>の対策として、成年後見制度を用意しています。この成年後見制度は、「本人の財産を本人のために維持管理すること」が目的となるため、原則として相続対策に向けた借入や不動産の担保提供等を行うことができません。そして、積極的な資産運用はできないために、有価証券投資や不動産投資などは当然にできません。
例えば、夫の資産家について、妻が本人の財産管理を行って、夫が所有する収益物件の収入で一家全体の生活を支えていました。
しかし、夫(資産家)の認知症が進んで、判断能力がなくなったために、成年後見制度により、裁判所が成年後見人の弁護士を選任しました。
当然、成年後見人に就任した弁護士は、財産管理も「本人のためかどうか」という点を厳しく管理します。
以前までは、夫の金融資産の中から、毎年家族でいく旅行費用、お祝い事があればその会食費用、孫への入学金の贈与やお年玉もすべて捻出していました。
しかし、成年後見人が就任した以上は、夫の金融資産等の財産管理は成年後見人が行うことになります。この田め、資金が必要になる都度、成年後見人と相談することが必要となり、また毎月の生活費も定額に定められるなど柔軟に親族で財産を管理することが不可能になりました。
この結果、資産家の妻及び家族の生活が、極めて不自由になり、積極的な相続対策も行うことができなくなりました。この不自由さは、成年後見制度では、やむを得ないことです。
4、特に、中小企業のオーナー経営者の場合には、深刻な事態になることがあります。会社法では、成年後見になることは、取締役の欠格事由になりますから、退任を余儀なくされます(会社法331(1)二)。
しかも、オーナー経営者として自社株式を保有している場合には、株主総会での議決権行使ができなくなり、経営支配権が実質的に凍結してしまいます。
このため、本人が自社株式の管理・売却や議権行使をできないため、成年後見人が行うことになります。しかし、選任される弁護士、司法書士等の成年後見人は、法律の専門家ではありますが、経営は専門外でありますから、重要な問題について議決権行使を行使し、経営判断することはできないというべきし、その経営責任を取ることはありません。
5、そこで、近年、<痴>の時代に備えて、家族信託を利用する方が増えています。
財産の所有者(委託者)が元気なときに、信頼できる相手(受託者)に、自分の財産の管理や処分をする限を託すのが家族信託です。
元気な時に信託契約を締結することによって、任せた人(委託者・受益者)が病気や事故、認知症等で判断能力を喪失しても、託された人(受託者)が一切影響を受けずに、財産管理を継続できます。
本人が、信頼する妻や子息に財産管理を任せて信託すると、信頼を前提に財産の管理が行われることになり、制約なく、財産に関する目的を実現することができます。
また、家族信託は、一次相続の他、二次相続・三次相続以降の資産の承継先も決めることができるなど、優れた効果を活用することができます。
<痴>の時代に備える対策として、是非、家族信託をご検討ください。
太田勝久
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